黒地の下辺に秋草に遊ぶ鷹を配し、肩に丸に十字紋を据えた小袖が吊衣桁に掛けられる。いわゆる誰が袖屏風を彷彿させるが、注目すべきは、蒔絵を施した吊衣桁と精妙な組紐の部分である。この式の小袖裂屏風を創案したのは野村正治郎(1879-1943)である。野村には辻ケ花裂から江戸中期の小袖裂までの優品を貼付した「誰が袖百隻」の偉業が知られる。野村は、近代における染織品の最初期の蒐集家であり、同時に、研究家としても先駆者であり、「誰が袖百隻」はまさにその美意識の完結にほかならない。野村は誰が袖屏風の製作にあたり、それまでに蓄えた自身の小袖史研究の知識の全てを投じた。裂々をそれらの時代の形に整え、さらに夫々の時代に相応しい衣桁の再現にも工夫し、実用新案特許を出願し、特許権を取得(昭和8.1933)している。野村は、百隻のみならず、作業中途で放置された遺品も少なからず残した。それは小袖裂だけでなく衣桁の部品も含めてのことである。掲出にみられる衣桁の精緻に、野村でなければ有り得ない、野村の影を指摘したい。