画面損傷こそ惜しまれるものの、後期ゴシック期からルネサンス期のイタリアにおいて活動したシエナ派絵画の古格と、神秘主義的な篤信を伝える。掲出には聖母子光輪部に装飾的な彫刻を採り入れており、シエナ派の創始者であるドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ(Duccio di Buoninsegna)一門であるシモーネ・マルティーニに特有の表現である。マルティーニは、アッシジの聖フランチェスコ修道院に、同様の彫刻を施したフレスコ画を残している。
聖母子の着衣に注目すると、マリアは修道衣、キリストは産着という通例とは異なり、母子共に裕福な貴族の服装を被着する。これは掲出の依頼者が個人であることを意味し、掲出裏面に描かれた紋章に繋がる可能性をみる。掲出の紋章(Coat of Arms)は十世紀より始まるシエナの名門貴族・ピッコロミーニ家(Piccolomini)のもので、同家は神聖ローマ帝国・バチカン双方と良好な関係を築いて繁栄し、神聖ローマ帝国王妃、ローマ法王を二人(ピウス2世、ピウス3世)輩出している。掲出の紋章は正確には13世紀末から14世紀初頭にかけて使用されたもので、同紋を中央左上に配し、その下に十字軍遠征旗を配す。右半は劣化しており判読に至らない。その周囲を取り囲むように親族の紋章を置いており、特定できる範囲ではTolomei from Siena, Odaldi from Pistoia, Ranghi from Florence, Ghini from Siena, Argomenti from Pisa, Casolani from Siena, Mori from Siena、以上を確認する。
シモーネ・マルティーニ(Simone Martini, 1284-1344)はインターナショナル・ゴシック様式(ヨーロッパ・スタンダードの意)の確立者。先述の通りドゥッチョの弟子とされるが、美術史家ジョルジョ・ヴァザーリはジオットの弟子と主張する。マルティーニに関する公的記録は少ないが、シエナをはじめピサ、フローレンスなどで制作しており、中でも義弟リッポ・メンミ(Lippo Memmi, 1291-1356)との合作である「受胎告知」(1333年、現在はウフィツィ美術館蔵)は出色。
参考文献
Bologna, Ferdinando. 1968. Simone Martini; Affreschi di Assisi 6 [I Grandi Decoratori]. Milano: Fratelli Fabbri Editori, & Albert Skira.
Bomford, David, Jill Dunkerton, Dillian Gordon, Ashok Roy, and Jo Kirby. 1994. Italian Painting Before 1400 [Art in the Making S.]. London: National Gallery Company Ltd.
Di Montauto, Fabrizio. 2022. Manuale di Araldica. Firenze: Polistampa
Silver, Nathaniel. 2022. Simone Martini in Orvieto. Boston: The Isabella Stewart Gardner Museum.
Stokstad, Marilyn. 2004. Medieval Art. London: Routledge.